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2012年8月7日火曜日

サンディカとシンジケート

フリッツ・ラングの『M』(1932年)。学生の時分にはじめて見たが、よく分からなかった。「サイコ・スリラーの始祖? ふーん…」という、ただぼんやりとした印象だけが残った。シネフィルになりたいシネフィル、シネフィル予備軍、シネフィル・ワナビー。つまりは真正のシネフィルだったのである。だから十数年後の現在また『M』を見なおしてみて、あまりにも面白いので驚愕してしまった。『ドクトル・マブゼ』(1922年)や『ドクトル・マブゼの遺言』(1933年)と合わせて自分なりの感想をまとめておこう。

フリッツ・ラングの『M』は、世界恐慌を背景としたポスト=アナルコ・サンジカリスムという歴史的地平に置かれている。恐慌のもとではもはや旧来からのサンディカは機能しない。なぜなら工場自体が倒産してしまったからである。にもかかわらず、左翼政党はあいかわらず党派政治にあけくれるだろう。だからこれ以上「左翼に武器をあずけ」てもしょうがない。だから失業者たちはサンディカではなくシンジケートへと向かう。人々は社会であることをみずから放棄し、暗黒街として自己組織化するのである。

サンディカとシンジケート。フリッツ・ラングは両者のあいだのゆらぎをわれわれに見せる。暗黒街の自己組織化はある部分ではいまだにサンディカ的である。なぜならその母体は倒産した蒸留工場のサンディカであっただろうから。だがその自己組織化はもうストライキを戦術としてパトロンや国家に要求をつきつける労働者のそれではない。人々は要求するかわりに、街区を単位とした闇経済を組織する。国民や市民として団結するかわりに、国家や社会をひそかに出しぬく。「ゼネラル」ストライキに立ち上がるかわりに、決然と分離主義を志向する。こうしたサンディカからシンジケートへの転導において鮮明になるもの、それは社会動員の解除、反社会的なものの漏出、すなわち社会戦争にほかならない。

サンディカ=シンジケートは共同体ではなく共謀体である。制度ではなく、みぶりとみぶりの共鳴である。共謀体がうまくいくかどうかは指令語やヒエラルキーとは関係がない。その理由は、共謀体が国家でも社会でも運動でもないからという以上に、共謀体の命運を決するものが賭けの領分にあるからである。人々の個々のみぶりがそれぞれ賭博者のイニシアティブを帯びるとき、共謀体は運命とたわむれる遊動そのものとなる。国家に住まう国民や社会に住まう市民が見たこともない白熱そのものとなる。くりかえすが、それはうまくいくこともうまくいかないこともある。むろんそうした賭けの勝利と敗北がよろこびなのである。おびえたみぶりや疑心暗鬼は共謀体をむしろ解体へとみちびくだろう。にもかかわらず、ラングのしめすサンディカ=シンジケートはつねにそうした危機と背中合わせである。

じっさい『M』におけるサンディカ=シンジケートは両義的である。国家警察を出しぬいて殺人犯を独自にとらえ、人民裁判にかけたとしても、その裁判はあたかも国家裁判を反復するかのようである。そしてそのサンディカ=シンジケート自体もまた最終的に国家警察につきとめられ、解体をせまられるだろう。他方でフリッツ・ラングが『ドクトル・マブゼ』や『遺言』においてわれわれに物語るように、共謀体という賭けはつねにペテンの危険にさらされている。じじつドクトル・マブゼは賭博者をよそおったペテン師として登場するのであり、彼はすべてが賭けだとうそぶきながらペテンによって賭場=共謀体を横領してしまおうとするだろう。権力への意志はペテンによる賭けの支配としてあらわれるのである。あるいはこのマブゼについてベルナール・アスプとともにこう言おう。すなわち、すべてが賭けとなってしまうならば、われわれはもはや賭けを「始める」ことができなくなる。すべてが戦争となってしまうならば、もはや戦争を始めることができなくなるように。いずれにせよ、そうしたマブゼの存在によって共謀体は内部から崩壊し、「指令語のアレンジメント」(ドゥルーズ&ガタリ)にすぎないものとなる。それはすでにファシズムそのものの姿である。

国家や社会が無能をさらけだした放射能を食えという「メトロポリス」で、われわれはフリッツ・ラングを反復しつつある。放射能が飛来してもストライキひとつ起こせないような社畜しかいない社会において、われわれはゼネスト神話が最後の賭け金であるようなアナルコ・サンジカリスムをこえて自己組織化しつつある。放射能の流通が大手をふるった経済ならば、反放射能の共謀は闇経済である。絆など犬にでも食われてしまえ。出しぬけ、分離独立せよ、シンジケートせよ。指令語を裏切れ、国家にも社会にもなるな。ペテンを追放せよ、ファシストを追放せよ、シネフィルを追放せよ、映画をシネフィルから解放せよ。そしてさらなる賭けを、賭けの再開を、賭けのみぶりを、共謀の白熱を。


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