2012年10月6日土曜日
2012年10月3日水曜日
ファック・ユー
言葉と物はちがう。それらは無関係である。
大学院生なら壊れた機械のように誰もがそう言うだろう。
そこから文芸共和国まではあと一歩である。
すべてはフィクションである。
あらゆるフィクションのフィクションである文学こそ統治するのだと。
しかしフィクションはまず面白くなければならない。
ならば面白いことを言える頭脳と感性があればそれでよいか。
否。面白いことを言うだけの人間は最終的に面白くない。
なぜならその人間は面白いことを言うだけのクソ野郎だからである。
面白いフィクションの底には物がなければならない。
言葉と物はもちろんちがう。別物である。
しかし/そして、フィクションを発動させるのは、
言葉と物の関係を無関係という関係として保持する緊張度である。
たとえばわたしはブランショが好きだ。言葉がすべてである。
それとは無関係に、反ブランショ的に行動するということだ。
言葉だけのインチキ野郎ども。
おまえたちはまだまだインチキが足りないのだ。
大学院生なら壊れた機械のように誰もがそう言うだろう。
そこから文芸共和国まではあと一歩である。
すべてはフィクションである。
あらゆるフィクションのフィクションである文学こそ統治するのだと。
しかしフィクションはまず面白くなければならない。
ならば面白いことを言える頭脳と感性があればそれでよいか。
否。面白いことを言うだけの人間は最終的に面白くない。
なぜならその人間は面白いことを言うだけのクソ野郎だからである。
面白いフィクションの底には物がなければならない。
言葉と物はもちろんちがう。別物である。
しかし/そして、フィクションを発動させるのは、
言葉と物の関係を無関係という関係として保持する緊張度である。
たとえばわたしはブランショが好きだ。言葉がすべてである。
それとは無関係に、反ブランショ的に行動するということだ。
言葉だけのインチキ野郎ども。
おまえたちはまだまだインチキが足りないのだ。
2012年9月29日土曜日
クラス・ウォー
最新の調査によれば、現在アメリカ合衆国ではおよそ5世帯のうち1世帯が学生ローンの返済義務をかかえる。1989年からは2倍、2007年からは15パーセントの急増だという。人口の20パーセントをしめる最貧層にとって、学費はいまや収入の4分の1に相当する。
アメリカ学生は、虎視眈々と戦争開始の機会をうかがっている。彼ら彼女らの覚醒は明らかである。「これは階級戦争である」と。間違ってはならないが、学費問題こそが階級戦争なのであり、それは階級戦争の部分的なあらわれなどではない。高等教育は万人のウェルフェアであり、自然権である。にもかかわらず、資本はそこに階級性をもちこむ。金持ちは親にカネをもらえばよろしい。貧乏人は大学に通いたかったらカネを借りろ、働いてあとで返せ、という。だから階級戦争なのである。ケベックの学生による夜のストライキは学費値上げをみごとに阻止することができた。それがアメリカの若者を後押ししする。「でも、どうすれば学費装置を破壊できるのか?」 非人称の共謀と戦術の闇がうごめきだしている。共鳴とイニシアティブを。
2012年9月27日木曜日
スポーティ
昨日より始まったマドリッドでのオキュパイ・コングレス。
ライオット・ポリスの横暴が炸裂した模様である。
地下鉄のホームにまで追いかけてくる!
スポーティだ。
危機の名においてコモンを帝国資本に売り払う。
これは新自由主義の常套手段であり、もう誰にも通用しない嘘である。
「経済危機だからシートベルトを締めてくれ」
「ふざけるなファック・ファック・ユー!」
ところで日本。
あれほどやかましかった経済危機の恫喝がなりをひそめている。
なぜだろう? 日本は新自由主義の悪夢をくぐりぬけたのだろうか?
否。きっと経済危機という悪ふざけすらもはや言えない状態なのである。
アポカリプスとかそういうことではない。
原発事故の対応がそうであるように、
否認に否認をぬりかさねたすえに
みっともなく日本国家資本主義は終わるのだろう。
2012年9月24日月曜日
カネをオキュパイせよ
En direct de Mediapart : Toni Negri dans le... par Mediapart
『コモンウェルス』仏訳出版にさいしてなされたメディアパルトによるネグリへのインタヴュー。「重要なのは権力を取ることではありません。重要なのはエリゼ宮を取ることではなく、銀行を取ること、フランクフルトの銀行(欧州中央銀行)を奪取することなのです」(32:20~)。
ネグリは18世紀に遡及しつつ大革命の標語のかたわらに「ウェルフェア」の文字を書きくわえる。自由・平等・友愛・ウェルフェア。「絆」キャンペーンや「食べて応援」キャンペーンのもとでわれわれは卑屈になる必要はない。ウェルフェアという自然権を行使すればよいのである。どうすればよいか? ネグリ的直接民主主義のヴィジョンのなかで、ウェルフェア闘争は間接的な政治機関に向かうのではなく、直接的に銀行へと向かう。そう、被曝地帯で生きる自由を拒否し、皆で被曝する平等をしりぞけ、食べて応援させる友愛の強要をふりはらい、放射能のないウェルフェアを生きるためにはカネが必要である。自然権を行使する勇気を持とう。コモンウェルスへの直接行動を。カネをオキュパイせよ。
2012年9月20日木曜日
反借金、その戦術
インターネット上で「借金に抵抗する人のためのオペレーション・マニュアル」というパンフレットが出回っている。著者はOWSのアノニマス・コレクティヴだという。学生ローンで借金まみれの学生さん、未来を黒く塗りつぶされたポスト学生さん、要注目ですよ!
Occupy Wall Street/Strike Debt: The Debt Resistors' Operations Manual
2012年9月17日月曜日
ノー・アイディア
このうみきらい!
(3歳になったばかりの甥)
いったいいつまで頭のよい人たちの新たな意見に耳を傾ければよいのか。いったいいつまで優れた作家の新作を待ち望めばよいのか。いったいいつまで大好きな監督の新作を待ち構えればよいのか。いったいいつまで新製品を製造し流通させ販売しお給料を貰い生活を整え続ければよいのか。いったいいつまで...
どんなに精緻で優れた現状分析もどんなに身震いする素晴らしい作品もわたしたちの内部被曝の進行を止められやしない。当たり前だと言われれば当たり前。甘えるにもほどがある。けれども今回ばかりは日々生まれる「新製品」を止めてもよいのではないか。数多の「新製品」を弄ぶことでこの生活を成り立たせ果ては日々の被爆を継続させることになんら歯止めをかけることができていないのならば。「新製品」を止めるとは具体的にどうするのか。そんなことこちらに聞いて貰っても困る。よいアイディアなんてあるわけない。わたしたちはこれまでもノー・アイディアだったしこれからもノー・アイディアだ。次の段取りを想像することすら疎ましい。考えられない。頭わるいし。
「モン・パリ」(ジャック・ドゥミ)である日突然つわりに似た症状を訴えるマルチェロ・マストロヤンニは男性の妊娠について研究している産婦人科医に妊娠4ヶ月と診断される。ついに男性が妊娠したという噂は学会発表から新聞、テレビとまたたくまに広まりパリのあちらこちら、そして世界中の男性にもつわりの症状が現れ始める。臨月を迎えるころマストロヤンニの妊娠はまったく気のせいでお腹の膨らみは脂肪だったことが判明する。それでもこの冗談みたいな「男性が妊娠した」という噂を聞いたフランス中、世界中の男性が「つわり」を感じ始めるエピソードこそこの映画の肝ではないか。
放射能まみれの終わらないこの生活を終わらせた後はどんな生活になるのかはさっぱり思い浮かばないし生活しなければならないのかも知らない。それでも新しい巧緻で精確なひとの意見の生産を続けていてもどんどんぶらぶら病の症状が悪化するだけさ。せめてマストロヤンニの妊娠みたいにたった一度の荒唐無稽のでっち上げで世界中に「おしるし」が現れる。そんな批判でも分析でも創造でもないパッションをつわりとして拡げることはできないのかしら。できないな。もうよくわからないよ。
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